兵庫県

西国街道を歩く7: 明石~加古川

西国街道は明石の街を出ると、次は加古川へ。古い町並みなどはあまり残っていないものの、史跡があったり、ため池がたくさんあったりと播州らしい景色が楽しめる区間です。

西国街道を歩く6: 明石~加古川

明石から大久保へ

西国街道の続きは明石から。JRでも私鉄でも大阪からすぐでとっても便利。それなのに、大阪とは全然違った雰囲気があります。

明石の駅から歩いて南に5分ほどの所にある本町通りを歩いて、西へと向かいます。本町通りから北に1筋行けば、あの有名な魚の棚商店街もあります。明石といえばやっぱりたこですね。魚の棚商店街には、新鮮な明石産のお魚を扱ったお店が多いです。タコのお店もあります。

魚の棚商店街
魚の棚商店街。明石を代表する商店街です。いつもすごい盛り上がりです。
玉子焼き(明石焼き)の看板
玉子焼は明石焼きのこと。たこ焼きの先祖なんですよね!
明石港の旧灯台
明石港の旧灯台
明石川
明石川。海はすぐそこです。

明石川を大観橋で越えると、西明石駅へと向かいます。しばらく行けば、長めの坂。これがちょうど和坂(かにがさか)と呼ばれる地域で、「印南野台地」を上る坂です。

このいなみの台地は、加古川と明石川に囲まれた、明石、稲美、加古川に広がる台地です。降水が少ない瀬戸内気候にありながら、台地であるがために近くの河川から水を得ることができないため、たくさんのため池が作られており、その数はなんと600。兵庫県全体で見るとため池は20,000程度あると言われ、日本一の多さとなっています。

もちろん西国街道沿いにもたくさんあるんですが、堤防があって道からは少しわかりにくかったりします。

西国街道
明石。西国街道沿いは結構落ち着いた雰囲気です。
明石
明石から10分ほど歩けば住宅地です。
和坂
ここから和坂へと上がります!

和坂と書きますが、読み方は「かにがさか」。東海道の土山にも蟹ヶ坂というところがあって、坂上田村麻呂が大蟹を退治した伝説が残るんですが、この和坂でも大蟹を退治した伝説が残っています。ただ、和坂では蟹を退治したのは弘法大師で、池の中に住む大蟹を退治したんだとか。

坂上寺
坂の麓にある坂上寺。坂上田村麻呂に関係がありそうな名前ですが…
和坂
田舎の街道の落ち着く風景です。
わさかーに
和坂小学校のゆるキャラ「わさかーに」。かわいいですね。

和坂でそれなりに坂を上がったんですが、坂は下りずにそのまま西明石です。駅の近くには川崎重工業の明石工場や明石車両基地もあって、朝はそれなりに混雑します。

西明石は新幹線の駅もあるんですが、新幹線が来るのはおよそ1時間に1本程度。明石駅と比べるとずいぶん小さいような気がします。

西国街道
左の小さな道に入ってすぐに西明石駅。
ぱぱたこ
西明石商店会の「パパたこ」。
JR西明石駅
JRの西明石駅。結構小さめです。
西明石駅
新幹線は結構大きめ。

しばらく2号線を歩くと、再び旧道歩き。西国街道の間の宿になっていた大久保を通ります。このあたりにも古い家はあまり残っていませんが、昔ながらの雰囲気はわずかに残っている気がします。

大久保は昔は旅籠もあったような宿場だったみたいですが、19世紀に山陽鉄道が開通したことで宿場は寂れていきました。

西国街道
気づきにくいですが、右が雲楽池。
大久保陣屋跡
大久保陣屋跡。このセクションにある数少ない古いお家です。
布団太鼓の蔵
「西」とあるのは布団太鼓の蔵。大久保では布団太鼓が人気です。
安藤洋館
左の建物が安藤家洋館。立派な御屋敷です。

大久保から土山へ

大久保本陣を通り過ぎてしばらく行くと、大久保駅。大久保駅の前にはオーズタウンなどのマンションが広がり、きれいに整備された駅前がとってもオシャレな感じ。さらに駅前にあるのはイオン明石ショッピングセンターが。とても便利なところです。

大久保駅前の町並み
大久保駅前
大久保村道路元標
大久保村道路元標(右)。ほとんど埋まってますけどね…

西国街道もこの大久保を過ぎたあたりから、少しずつ田舎の景色となり、神社や史跡などが多い、関西の街道らしい雰囲気になってきます。JRに乗っていても、この辺りから高層住宅が減り、徐々に田園風景が多くなってきます。

さて、西国街道を大久保からしばらく行けば、金ヶ崎神社。もともとは黒岩神社と呼ばれていた神社です。街道沿いに鳥居があるので分かりやすいです。

この辺りは、他にもたくさんの神社が街道沿いにあります。

金ヶ崎神社の鳥居
金ヶ崎神社の鳥居。金ヶ崎神社の御神体は黒い岩だったようだ。
西国街道
田舎の街道って感じです。
清水神社
清水神社。オクワハンと呼ばれる田植えのお祭りでよく知られています
清水新田宝篋印塔
清水新田宝篋印塔。西国街道で亡くなった人を供養するための塔。

イオン土山が見えてくるともうすぐ土山。明石市もそろそろ終わりです。

土山から加古川へ

土山まで来るともうすぐ加古川です。西国街道は土山駅のすぐ近くを通り、加古川市へと入ります。ちなみにこのあたりには播磨町もあり、土山駅があるのは播磨町。明石、播磨、加古川と3つの市町村が交わっています。

この土山のあたりもばっちり街道らしい雰囲気があって、歩いているととても楽しい感じです。

松本稲荷
松本稲荷とお地蔵さん
土山駅
土山と言えば、滋賀の方も有名ですね。
明石市と加古川市の市境
ここで市境。手前が加古川市、奥が明石市。境には特に看板はありません。

この土山で有名なのが、大中遺跡公園。弥生時代後期の遺跡群で、遺跡内には住居跡が復元されており、遺跡内の住居跡には入ることが出来たりもします。隣には兵庫県立博物館もあります。

土山駅からミュージアムロード『であいの道』があり、西国街道からのアクセスもいいです。

大中遺跡公園内の住居跡
大中遺跡公園
円満寺の五重塔
円満寺の五重塔。大きいですね!!
播磨工業地帯
播磨工業地帯が見えますね!

再び西国街道に戻ると、JRの東加古川駅。小さな駅ですが、駅前は結構発展しています。加

西国街道はイオンやマンションで分断されているので、迂回していきます。

東加古川を行く西国街道
東加古川駅付近の西国街道。
西谷八幡宮
西谷八幡宮。西国街道は目の前を通過します。
西国街道
街道らしい町並みです。
西国街道沿いの五輪塔
西国街道沿いの五輪塔。街道らしいものがあるとうれしいですね。

加古川の手前でひときわ大きな神社と言えば、野口神社。起源は奈良時代の野口廃寺にまで遡り、日吉大神を主神とする神社です。この辺りは野口城の広がるエリアでした。野口城は秀吉の中国攻めで、黒田官兵衛の兵が落とした城で、今では跡が残るだけです。

また野口神社の近くにあるのは教信寺。平安時代の僧、沙弥教信が作った庵に始まるお寺。教信はこの辺りで念仏を広め、この辺りを旅する多くの人を助けたと言われています。

野口神社
野口神社。大きな神社です。
教信寺
教信寺。大きな桜の木がありました、春にはきっときれいなんでしょうね。
西国街道
史跡などもたくさんあって、街道らしい感じです。
胴切れ地蔵
胴切れ地蔵。身代わりとなって胴が切られた伝説が残るお地蔵さんです。

教信寺を過ぎ、別府川を渡ると加古川です。

加古川

今回のセクションの目的地である加古川です。前の大蔵谷(明石)の宿場からは20kmぐらいの距離がありました。いろいろ寄り道もしているのでおそらく30kmぐらいは歩いたんでしょうか。遠かったです。この加古川は加古川宿として知られる宿場町でした。

西国街道は加古川の駅前の『じけまち』というショッピングアーケードを抜けていきます。街道がこうやってアーケードになっている例は多いんですよね。とはいえ、ここは開いていない店も結構ありますが…

町家も数件ある程度で、かろうじてわずかに街道らしさが残っている感じですね、

加古川のじけまち商店街
じけまち。別の日に早朝撮ったもの。普段は結構人がいます。
かつめし
加古川と言えば、かつめし!!
加古川駅前のヤマトヤシキ
加古川駅前のヤマトヤシキ。大きな百貨店です。

加古川の駅前には播磨の百貨店ヤマトヤシキや日本毛織跡地にはニッケパークもあり、加古川って意外といろいろあるんですよね。でも、加古川と言えば、かつめしですけどね!!

今回は旧道が多くありましたが、街道らしい雰囲気はほとんどなく、街道好きにとっては少しさみしいセクションでしたが、それでもやっぱり知らないところを歩くって楽しいですね!!

次は姫路を目指します。

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