浪速区を全部歩く(後半)【大国町・新世界・日本橋】
観光地、再開発地区、住宅地。大阪らしさの全てを兼ね備えたすばらしい浪速区。そんな浪速区を歩きます。前半は難波駅から今宮へ。後半は今宮駅から歩いて、反時計回りに大国町、新世界、日本橋を歩いて難波駅へと戻ります。
浪速区を歩く 後編
大国町
前半の続きの今宮駅からのスタート。北へ向かうとすぐに大国町です。難波駅から地下鉄で1駅という抜群のアクセスですが、家賃はさほど高くありません。
この辺りも昔は皮革産業が盛んな地域だったと言われています。昔、大きな靴屋のトミヤマが大国町の角にありましたが、それもなくなってしまい、現在では皮革産業を思わせるようなものはありません。
また、昔はこの辺りはマンションを使った違法風俗であふれていたというから結構意外です。今とはかなり違った世界が広がっていたんでしょうね。今では一掃されたようですが。


相阿弥の構想とされる枯山水庭園や以前に国宝の茶室もあった願泉寺、大国町の名前の由来にもなった大国主神社、大きな獅子殿の難波八阪神社など歴史がたくさんあります。八坂神社は獅子殿を見に来る外国人でいつも人がいっぱい。
他にも干瓢の生産が始まったのもこの大国町。意外と歴史がたくさんあるんですよね。


地下に地下鉄が通る国道の25号線を渡ると木津卸売市場。江戸時代に篠山景義の尽力があって解説された市場です。最近このあたりにもインバウンド客が増えてきて、インバウンド価格のものが結構出てきました。それでも黒門に比べればだいぶましですが…
そして、もう少し行くと今宮戎。今宮戎は四天王寺の西を守るために、聖徳太子が建立した神社で、七福神のえびすと同一視される、事代主を祀ります。1/10に行われる十日えびすで特に有名で、十日えびすの時にはこの辺りはごった返しているんですが、普段はとても静かです。近くアカエイを遣いとした、痔にご利益がある廣田神社もあります。
歩いている人もそれなりにいますが、難波からすぐ近くであることを考えるとやっぱり少ないのかも。




今宮戎のすぐ近くを走る紀州街道を南に降りていけば、新今宮駅。新今宮と言えば、治安が最悪で、日本最大のドヤ街なんて言われた時期もありましたが、それも昔の話。新今宮駅は大きく変わり、簡易宿泊所はインバウンド用のこぎれいな安宿に。
特に新今宮駅前のあいりん労働福祉センター(これは西成区)が老朽化で閉鎖となったのは意外でした。
以前は暴動が相次ぎ、駅前にたくさんの機動隊の車が止まっていましたが、その土地が売却され、大きな星野リゾートの高級ホテルが建ちました。周りにはインバウンドを対象にしたレストランも建ちはじめ、ずいぶんと景色が変わってきた気がします。


新今宮から少し東に歩いて新世界へ。
新世界
新今宮の駅から少し東に行くと、小さな商店街であるジャンジャン横丁。正式な名前は南陽通商店街なんですが、昔は三味線の音が響いていたので、いつの間にかジャンジャン横丁と呼ばれるようになりました。
昔は、将棋クラブや安い串カツ屋なんかがたくさんありました。休日にもなれば、昼間からべろんべろんに酔っぱらったおっちゃんたちがたくさんいたんですが、すっかりそんな光景も昔のものに。今ではインバウンドのお店がたくさん建つようになり、的屋なんかもあります。
ちなみに大阪で人気のミックスジュースはこのジャンジャン横丁の喫茶店が発祥です。


そして、ジャンジャン横丁を抜けると新世界。目の前に見えるのが通天閣です。1903年の第五回内国勧業博覧会の後に、パリをモデルに作られた新世界。そして、その新世界にあった遊園地ルナパークの目玉だったのが通天閣でした。その後、ルナパークはなくなるんですが、通天閣は大阪のシンボルとしてそのまま残っています。
初代の通天閣は1912年のものだったんですが、焼失してしまい、現在は1956年に建てられた2代目。高さは108mとそんなに高くはないんですが、なんとも大阪らしい景色が望めるので、観光客に人気です。
実は、新世界が観光地として人気になり始めたのは結構最近のことなんですよね。この辺りは日雇い労働者が多いあいりん地区や飛田新地も近く、昔は観光客が近寄りがたい感じでした。そんな日雇い労働者も数十年前と比べるとずいぶん減り、今ではすっかり観光地になりました。



そんな新世界もほとんどの人がド派手な看板や通天閣に目をとられてしまいますが、昔ながらのユニークなお店もあったりします。特にこの新世界で人気なのが大衆演劇でしょうか。そして忘れてはいけないのが、国際劇場。2026年に閉まってしまいましたが、この新世界で芝居小屋に始まり、90年も営業していました。




松屋町筋を歩いて、日本橋そして難波へ
新世界を北まで横断すると、東へ数分ほど歩き、合邦が辻へ。そこから松屋町筋を北に上がっていきます。松屋町筋は上町台地の西側の崖下を通る道。ちょうど西側は急峻になっていて、坂も東京並みに急な坂が多いです。平坦な大阪で坂がたくさんあるのはこの上町台地のあたりぐらいです。
坂を上がるととてもユニークな景色が広がるんですが、道を渡れば天王寺区なので、今日は通りの反対から見るだけ。上本町ももうすぐのところにあるんですが。




御蔵跡通りで西に方向転換し、日本橋、難波駅へと戻ります。この御蔵跡通りは日本橋ハキハキタウンといって、靴の問屋が広がっています。ただ、今はどうでしょう、問屋はだいぶ減って、インバウンド向けのお店が多いような気がしますが。



堺筋までくると日本橋。実は昭和初期に大阪のメインストリートが御堂筋に変わるまでは、堺筋こそが大阪のメインストリートでした。この堺筋に面してたくさんの百貨店があり、今でも「高島屋東別館」などが残ります。さらにその前の江戸時代にはこの辺りは長町と呼ばれ、紀州街道が通る宿町でした。
今では大阪の秋葉原として、堺筋の両側にたくさんの電気店が広がり、でんでんタウンと呼ばれています。一筋西に入ればオタロード。昔はたくさんのアニメ関連のお店があったような気がしますが、今でも割とお店は残っているんでしょうか(?)昔ほどアニメ人気がなくなってきているような気がしますけどね。
日本橋には隠れた名店も多いので、アニメに興味がなくても歩いているだけで楽しいところです。




難波
この日本橋から数分歩けば難波駅。スタートに戻ってきました。難波駅は浪速区ではないのですが、隣接するなんばパークスは浪速区。昔はここの大阪球場があり、南海ホークスの本拠地でしたが、今ではショッピングモール。
都市で自然を体験できる場所として、屋上には約235種類もの植物が植えられ、ゆったりとした時間が過ごせるのがうれしいところ。高島屋でお弁当を買ってここで2人で食べ足りしています。建物を見てみると、とても個性的な建物ですが、どこか六本木ヒルズっぽいのは、どちらもジョン・ジャーディー氏によるデザインだからですね。
難波駅にありながらとても落ち着く空間です。冬のイルミネーションもとてもきれいです。緑が少ない大阪でしたが、ここ最近になって大阪にも緑がとても増えてきました。



ということで終了です。浪速区には観光地もあり、そして歴史もあり、大阪のローカルな住宅地もあり、散歩コースとしてはまさにベストな感じでした。他県から大阪に引っ越してきたばっかりで、大阪のことをもっと知りたいという人はぜひ。大阪のエッセンスがぎゅっとつまった浪速区です。
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