葛城古道【葛城山麓を歩く】
大和青垣と呼ばれる東西の山々が奈良盆地を囲んでいます。そして、西の山の麓には山の辺の道があり、東の山々の金剛山や大和葛城山の麓に葛城古道があります。15km程度の道ですが、最初から最後まで山麓の景色がとてもきれいな道で、手頃なハイキングには人気の道です。また、山の辺の道と同じく古代から存在した道としても知られています。
葛城古道
さて、葛城古道はこの辺りを治めた葛城氏の遺跡を巡る歴史的な道。葛城氏は、昔この大和葛城山麓のあたりで繁栄していた古代の氏族です。実は大和政権よりも古い時代から存在していており、巨大な建物や政庁跡等も発見され、かなり高度な技術を持った氏族であったことが付近の遺跡などからわかっています。
さて、そんな葛城氏ですが、物部氏などの有力者が出てくると弱体化し、後に滅亡しています。全く謎な集団ですね!!
風の森から高天彦神社へ
葛城古道が始まるのは北宇智の駅から5kmほど北に行った風の森。駅から徒歩だと少し遠いのですが、五条駅や御所駅からバスでのアクセスが可能です。
ちょうどこの辺りは風の森峠と呼ばれる峠になっていて、すでに標高は250m程度あります。この峠を紀伊国と大和国を結ぶ街道が通っていました。今では結構ひっそりとしたところですね。今日はここを葛城氏に関連する施設を巡りながら、古道を北へと御所駅付近まで歩きます。




しばらく歩くと高鴨神社です。この神社は全国の鴨一族の守護神を祀るようです。うっそうとした森の中に結構大きめの社殿がありましたが、ここは写真禁止になっていたので残念。
ここから北に行き、高天彦神社の方へと目指しますが、途中菩提寺の方へと行ってみると景色がとてもきれいでした。菩提寺からは高天彦神社まで山道を通っていくこともできますが、山草園の中を通っていくこともできます。いずれの道を通っても結構な坂道です。




高天彦神社
さて、高天彦神社に到着しました。ここの神社もそれほど大きくはないですが、葛城氏の祖先とされる高御産巣日神(たかむすびのかみ)を祀る神社です。葛城氏がこの一帯を治めていた時はかなり重要な神社だったんでしょう。高台にあることからここから見下ろしていたんでしょうか。背後には大きな金剛山がそびえています。
なお、この辺りは高天と呼ばれる場所。天孫降臨の高天原の場所といえば宮崎の高千穂が有名ですが、この地も高天原の候補地と言われてるようです。そういえば、高御産巣日神も高天原に初めに姿を現した三神のうちの一神ですよね。


高天彦神社から一言主神社
この高天彦神社から橋本院を経由して坂を下りていきます。15分ぐらいの山道。葛城古道も、山の辺の道と同じく山麓の道なんですが、結構山道が多いように感じますね。



山を下ってくると極楽寺、そして住吉神社や春日神社といった小さな神社を通っていきます。この辺りは奈良盆地が見えて、とても景色がきれいです。



降りてくるとしばらくは住宅街を歩いていく感じです。
この辺りは古い建物も多く、100年前に建てられた郵便局ではカフェをやっていたり、古い醤油屋があったりなかなか面白いです。




途中で一言主神社の鳥居があるので、そこを上がっていきます。一言主神社は小さいながらも有名な神社です。古道からは15分ほど坂を上ったところなので、是非立ち寄るようにしたいですね!
一言主神社
一言主神社に到着です。
古事記によると、雄略天皇が猟に行った際、葛城の一言主と会い、雄略天皇はかしこまって、仕えている者たちの服を脱がせて奉ったというエピソードがあります。


一言主神社から六地蔵へ
一言主神社まで来るともうゴールが近づいてきました。明るい畑のようなところを抜けていきます。
ここもやっぱり標高も高く、景色がとてもきれいです。奈良市内も近く、見下ろすと大和三山がきれいに見えます。


九品寺は千体石仏で有名で、これは南北朝時代に南朝側で戦った武将らの身代わりに収められたものです。今でもとても大事にされています。
九品寺から畑のようなところを抜けると、とうとう六地蔵です。道の真ん中に巨石があり、ここに六体の地蔵が置かれています。室町時代に作られたものだと言うから、これもなかなかすごいですね。




さて、 多くの葛城古道はここから東へ曲がり、近鉄の御所駅の方へと下ってゴールです。
今日は2時すぎにゴール。5時間程度で歩き通すことができました。早かったですね!!

葛城古道は歴史的なスポットもたくさんありましたが、結構標高が高いところを歩くので、上から奈良盆地が見渡せ、景色が本当にきれいでした。金剛山や大和葛城山もとてもきれいでした。
山の辺の道もいいですが、この葛城の道も同じぐらい魅力にあふれた道でした!!
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