東京駅から新宿駅まで歩く【甲州街道1】
東京から新宿まで歩いたらどれくらいかかるんだろうなんて、東京に住んでいる人は一度は思ったことがあるはず。実は、結構近いように見えて約10kmもあり、結構な体力がいるんですが、途中には皇居や霞が関、麹町などいろんなものがたくさんあって、東京観光には最高の散歩道です。
東京駅から新宿駅まで歩く
東京駅と丸の内
さて、スタートは東京。今回はここから甲州街道を通って新宿駅まで歩きます。なお、甲州街道のスタートは正確には日本橋なので、日本橋からスタートするのもいいですね。
日本橋からスタートする場合は日本橋の交差点を右折、呉服橋の交差点を左折し、八重洲北口から東京駅に入り、そのまま丸の内北口に出てくるだけって感じです。日本橋から東京まではわずか10分程度です。




東京駅からは丸の内1st street を直進して皇居の和田倉橋へ。いつもなんとなく歩いている道でも、周りに注意しながら歩いてみると、まるで全く違う道を歩いているかのような感覚さえしてきます。


和田倉橋まで来ると、皇居。1457年に太田道灌が建築し、江戸時代の初めに徳川家康が入城すると、江戸城がおかれ、城は拡張されました。
明治時代からは天皇の住まいである皇居となっていますが、それにしても本当に大きいです。この江戸城は千代田城とも呼ばれ、これが千代田区の名前の由来にもなっています。

皇居沿いを歩く
御幸通からは引き続き、皇居沿いを歩き、南をぐるっと半周して、半蔵門へと向かいます。途中、多数の皇居ランナーの方々とすれ違いました。皇居のあたりにはランニングステーションもいくつかあるようで、人気なんですね。
皇居の周りも目が離せないほど、本当にたくさんのユニークな建物があります。



日比谷まで来たら、右折し西へと進みます。日比谷公園も甲州街道沿いにあります。日比谷公園は日本初の近代的洋風公園。日比谷公会堂をはじめ、花壇など西洋らしさを思わせるものがいろいろあります。
また、秋に来ると紅葉がとてもきれいで、都内の知る人ぞ知る紅葉スポットです。特に園内でも有名なのが、首かけイチョウ。樹齢400年にもなるイチョウの巨木です。



霞が関・永田町
皇居沿いを歩いて日比谷公園を過ぎると、霞が関と永田町。日本の省庁は霞が関にあり、その北の永田町まで行くと国会議事堂。



甲州街道から少しそれると、財務省や外務省、国会議事堂など、さらに多くの政庁があります。しかし、どのビルを見ても、建物が結構古そう。


目当ての国会議事堂は警備がかなり厳重なので、正面からのかっこいい写真はとれそうもありません。国会議事堂の前(国会議事堂の土地の外にあります)には国会前庭という名の公園があります。緑が多くて、素敵な場所です。政治家がここを散歩でもするんでしょうか。


この永田町のあたりからは皇居はゆるやかな上り坂。三宅備前上の上屋敷があったことにちなんで、三宅坂と呼ばれています。左手に、最高裁判所そして国立劇場を見れば半蔵門です。
半蔵門からさらに皇居を進めば、桜のきれいな千鳥ヶ淵ですが、甲州街道はここから左折して、新宿通りを進み、麹町や四谷を経由して、新宿へ向かいます。




麹町・四谷
半蔵門からは皇居沿いを離れ、新宿通りを進み、麹町を抜けていきます。このあたりはオフィスばっかりって感じです。麹という名前は『小路が多かったから』説や『麹を売っている店が多かったから』説など様々。

甲州街道から一本南へそれると、紀尾井坂。どこかで聞いたことがあるようなそんな名前の坂です。紀尾井という名前は、このあたりに紀州徳川藩、尾張徳川藩、井伊藩が住んでいたからなんですよね。
甲州街道とは違って、紀尾井坂はずいぶんときつい坂になっており、坂の下には清水谷公園があります。この紀尾井坂の下にある紀尾井町のあたりで大久保利通が暗殺され、清水谷公園には大きな哀悼碑があります。



また、紀尾井坂と言えば上智大学。尾張徳川藩の上住宅跡に作られた大学で、とても大きいです。紀尾井坂を上がりきると、喰違見附跡があり、江戸城の外堀。今は上智大学のグラウンドになっていたり、JRが走っていたりします。
四谷の駅には江戸城四谷門跡の石垣が残り、ここが江戸城の外堀であったことを示すものがいくつか現存しています。



四谷
四谷までくると新宿区。新宿駅まではあと1時間程度って感じです。新宿通りを歩いていると、オフィスばかりの、ありきたりな東京の風景に見えますが、一筋南に入ると意外と一戸建ての住宅もたくさんあります。
そして、四谷の面白いところ言えば、四谷の総鎮守である須賀神社やお岩さんで有名な於岩田宮神社、さらにお寺などがたくさんあります。こんなに密集しているということは、江戸時代に何らかの理由で移転させられた可能性も高そうな気もしますが。




四谷三丁目まで来ると、新宿御苑の地下を行くバイパスの甲州街道と旧甲州街道に分かれます(旧道らしいものは何も残ってませんが)。その分岐点にあるのが、四谷大木戸跡。高輪大木戸のように、ここが江戸の入り口でした。
また、江戸時代、多摩川の羽村からここまで玉川上水が引かれ、ここからは地下を流れて江戸の街へと水を供給していました。江戸時代はここに玉川上水水番所があり、水質の管理などにあたっていました。
今でもここには四谷区民センター、そしてその中には東京都水道局があります。
この大木戸を抜けると、新宿。内藤新宿です。




新宿
四谷大木戸抜けると、新宿1丁目。ここが甲州街道の初めての宿場である内藤新宿。この内藤新宿は現在の四谷大木戸のある新宿1丁目から追分がある3丁目にわたって広がっていました。
もともと甲州街道の初めての宿場町は高井戸でしたが、日本橋から遠すぎるということで、この地にかつて住んでいた信濃国高遠藩の内藤家が土地を返上し、新しい宿場『内藤新宿』が1699年に作られました。
とはいえ、新宿には飯盛女(遊女のようなかんじ)が増えたことで、宿場というよりも、人々の遊興の場としての性格が強くなり、風紀の問題を理由にわずか20年で廃止。しかし、またその50年後には復活し、以降は新宿は色街として繁栄し続けていきます。
しかし、そんな内藤新宿も、新宿駅の開業で新宿の中心地としての役割は失われてしまったようです。



新宿二丁目には太宗寺。高遠藩内藤家の菩提寺です。境内には街道を見守る江戸六地蔵の1つの大仏さんがいらっしゃいます。
境内には他にも塩まみれの塩かけ地蔵像などたくさん。新宿には何度も来ているんですが、こんなところがあったとは意外です。


新宿三丁目、伊勢丹がある角で甲州街道は左折し、青梅街道との追分を通過。
そして、新宿四丁目の交差点から新宿跨線橋を上がると、新宿駅です。新宿駅で降りてもなかなかわからないんですが、橋になっているんですよね。



とうとう到着です。新宿の南口、そして向かいにはバスタ新宿。南口のさらに南には新南口。新宿駅は本当にもう訳が分からない感じです。
ということで、結構長かったんですが、あっという間の散歩でした。およそ4時間の街歩きでした。一直線に来ると、2時間程度で東京から新宿まで来ることができると思いますが、それだともったいない。いろんなところに立ち寄ることができることこそ、散歩の醍醐味です。
それにしても、街道沿いには魅力がありすぎるぐらいの、すばらしい散歩道でした。

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