東海道を歩く 2: 品川~川崎【品川宿】
前回は東海道を日本橋まで歩きましたが、今回は品川を出て、神奈川県に入り、川崎宿までを歩きます。このセクションは東京の真ん中であるにも関わらず、旧道がかなり多く残り、とても楽しいところです。
東海道 品川から川崎
品川宿へ
東海道は品川駅を出ると、第一京浜に沿って南へ。そして、八ツ山橋を渡ります。京急やらJRやら電車がとても忙しく通過していきます。
橋を渡ると品川宿です。


品川宿
東海道の2番目の宿場というと、品川宿。実は宿場は品川駅周辺ではなく、品川駅から南に行き、八つ山橋を渡ったあたりから始まり、北品川駅付近を通り、さらに南品川(青物横丁駅付近)まで続いていました。品川駅の南にあるのに「北品川」とはそういう事情があったんですね。
開発の進んだ現在でも、宿場はとても落ち着いた雰囲気で、品川にいるとは信じがたいほど。個人商店が軒を連ね、古い家も時折残っています。東京にこんな場所があったとは知りませんでした。


品川は昔はのりの主要産地としても知られていました。今ではのり産業も終わり、漁業で栄えていたことを示すものは全くありません。昔はこの宿場のすぐ隣には海岸があったというから驚きです。



この品川宿には本当にたくさんの寺社が残されているのが驚きです。さらに、それぞれの寺社の中にも偉人の墓などの見どころも多く、品川宿だけで見て回るのに数時間かかってしまいます。
最近、管理する人がいなくなってしまって、お寺や神社がなくなってしまうなんてことも多いんですが、品川という都内の超一等地に寺社をしっかりと残そうとしてくれている地元の人たちは本当にすごいですね。




さて、品川橋で目黒川を渡ると南品川。まだまだ品川宿は続きます。東海道は旧道で、落ち着いた雰囲気。
南品川に来ても本当に寺社が多いです。
天妙国寺をすぎ、品川寺の所までくると、南品川が終わります。品川宿もこの辺りで終わったと考えられています。ちょうど京急の青物横丁駅のあたりでしょうか。ずいぶん長かった。品川はかなりの大きさの街だったんでしょうね。




このあたりは京急の駅がすぐ近くにあるので、疲れたらすぐに京急に乗れるのがいいですね。品川が近いということもあって、駅の周辺もほどよく発展しているところが多いです。
立会川の手前で東に行くと勝島運河。この辺りは浜川砲台跡があります。ペリーが来航した際、再来航に備えて江戸湾の防衛のために土佐藩が作ったのがこの砲台。あの坂本竜馬もこの浜川砲台にいました。



さて、東海道に戻って泪橋で立会川を渡ります。この橋が泪川と呼ばれるのは近くに鈴ヶ森刑場があるから。親族はこの橋で涙を流して別れ、受刑者は処刑場へと運ばれて行きました。
今でも鈴ヶ森刑場には処刑の時に使われたものが展示してあります。あの八百屋お七も放火で火あぶりの刑となり、ここで処刑されました。なんだか空気が重いところです。



蒲田を通り川崎へ
品川から続いた長い旧街道もここで終わり。ここから第一京浜を歩いて川崎へと向かいます。第一京浜は大きな道路なので、街道らしい雰囲気こそないものの、旧跡は多く残っているのがうれしいです。
大森のあたりでは第一京浜から少しそれて旧道へ。大森のあたりは海苔が有名で、今でも海苔のお店が何軒か残っています。




京急の駅名にもなっている梅屋敷は和中三を売っていた薬商人が梅の木を植えて茶店を営んでいたところ。江戸時代では梅の名所として有名でしたが、今では一般に開放されており、小さな公園になっております。
梅屋敷を過ぎると、すぐに蒲田。東海道は京急の蒲田駅のすぐ前を通過していきます。




さて、蒲田から30分ほど歩けば六郷神社。源頼朝が勝利を祈願し、梶原景時が社殿を造営した由緒ある神社です。鳥居をくぐって境内を歩くと、太鼓橋がありますが、梶原景時が寄進した古い橋です。
この神社を過ぎるとすぐに多摩川です。昔はここを六郷の渡しで渡っていました。今では、大きな六郷橋が架かります。ここを渡ると川崎宿。結構早かったですねですね!



川崎
橋を渡ると川崎宿です。川崎もとても大きな町で見どころも多いですが、次回横浜まで歩くときにじっくり散策したいと思います。
川崎と言えば、宿場に入るとすぐに川崎大師へと分岐する大師道があるんですが、東海道からは少し離れたところにあるんですが、川崎まで来たらぜひ立ち寄りたいところ。また、大師道との追分の辺りには万年屋というとても有名なお店があり、奈良茶飯が人気のメニューでした。川崎の現在の名物というと、やっぱりニュータンタンメンでしょうか。
結構歩いた気がしますが、東海道線では品川からわずか1駅なんですよね…。



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