大阪府

大阪市西区を全部歩く 後半【九条・川口・土佐堀】

大阪市の西区。これまではあまり注目されていないようなところでしたが、最近になって西区の人気は急上昇中。人口も爆上がり中です。そんな大阪市の西区をぐるっと一周し、西区の歴史と名所を味わい尽くします。

今回のルート

今回は地下鉄本町駅をスタートし、前半では新町や堀江、松島を散策し、京セラドームまで歩きました。後半は京セラドームから、九条、川口と北へ向かい、木津川を渡って土佐堀、肥後橋へ。そして、肥後橋から四つ橋筋を歩き、本町へと戻ります。

前半と後半を合わせると、距離はおよそ12~3km。ただし、結構寄り道すると、20km弱になります。

大阪市・西区を歩く 2

後半のスタートは京セラドームから。京セラドームはJRの大正駅が便利です。大正駅が近いので、大正区だと思っている人もいそうですが、ドームがあるのは実は西区なんですよね。

ドームの前にはたくさんの川が流れていますが、南を流れるのは尻無川。元々、尻無川と木津川をつなぐために作られた運河なので、岩崎運河とも呼ばれています。岩崎運河沿いは大阪ドーム南公園として整備されています。

大阪ドーム岩崎港
不定期に小さな船が着たりもしています。

大阪ドーム南公園を歩いて、さらにすぐ近くの境川運河跡を歩きます。境川運河は安治川と尻無川をつなぐ運河で、1964年に埋め立てられ、今は一部が公園に、一部は道路になっています。今では運河はないものの、ここが西区と港区の境界です。

運河跡を出ると、右折して中央大通を歩き、九条駅へ向かいます。九条は地下鉄中央線、そして阪神電車が乗り入れるとても便利な駅。梅田や難波からおよそ10分程度来ることができます。

九条駅の辺りにはねじの会社がたくさんにあります。

境川運河跡
境川運河跡。遊歩道になっています。
境川運河跡
運河跡。左が港区、西が西区です。
鉄鋼の会社
鉄鋼の会社のようだ。実物の蒸気機関車C57をガラス越しに見ることができます。
九条駅
九条駅。ここから地下鉄中央線は地上を走るんですよね。

九条

九条駅前から北へ延びる「キララ九条商店街」、そして南へ続く「ナインモール九条」。どちらも活気あふれる大きな商店街です。(ナインモール九条は前半のポストで歩いています)

キララ九条商店街そのものも魅力的ですが、周辺には古い町家が点在しており、商店街を少し離れて歩いてみると、思いがけない発見に出会えます。

かつてこの街には映画館や寄席、百貨店が数多く立ち並び、「西の心斎橋」とも呼ばれていました。現在は心斎橋ほどの規模ではありませんが、どこか懐かしく、温かみのある、とてもチャーミングな街並みが残っています。

キララ九条商店街
キララ九条商店街
キララ九条商店街
キララ九条商店街
キララ商店街
開いているお店は多い方…だと思う!
親栄会商店街
キララ九条商店街から伸びる親栄会商店街は、閉まっているお店が多め。

もともとこの辺りは衢壌(くじょう、賑やかな場所、という意味)島と呼ばれており、淀川水系の中州でした。のちに九条島に変更され、九条の名前はこの九条島から来ています。

北には大きな安治川が流れていますが、これは昔、大阪は淀川が大和川と合流し、市内を流れており、たびたび水害に悩まされていました。そこで、河村瑞賢が大阪の治水対策に乗り出し、1687年に、淀川の流れをまっすぐにするために九条島を開削し、安治川をつくりました。これにより、大阪の治水は劇的に改善されました。

安治川は大きな船の通行が多く、橋の高さが極端に高くなってしまうことから、渡し船があったものの、今では渡し船ではなく、安治川トンネルというトンネルで対岸まで渡ることができます。

安治川トンネル
安治川トンネル。薄暗い感じで少し怖いのですが、警備員さんが巡回されています。
河村瑞賢の碑
河村瑞賢の碑
安治川の近く
左に安治川が流れています。対岸に見えるのは大阪中央卸売市場
九島院
九島院。龍渓禅師ゆかりのお寺。高潮が来ても、座禅のまま動かず入寂したという。

川口

九条から北へと進めば川口。この川口で土佐堀川と堂島川が合流しています。中之島も近く、とても便利な川口なんですが、実はこの川口こそ、大阪が1858年の安政条約で開国した時に居留地があったところなんですよね。

居留地は多くの外国人が移住し、西欧式の教育や文化が持ち込まれ、洋館も建つなど、まさに大阪の文明開化の地だったわけです。

川口居留地
川口居留地跡
川口
今の川口。居留地だったようには見えないですね。

しかし、川口だと大阪湾から川を遡らなければいけないので、大型船が入港できず、貿易の拠点は神戸に移るとともに、大阪の港湾は築港(大阪港)へと移転。川口の居留地はわずか30年程度でなくなり、府庁も1926年に大手町へ移転しています。

確かに、神戸と比べるといくら何でも狭すぎるだろ… って感じがします。

住友倉庫
居留地と言えば、やっぱり巨大な倉庫!!
日本聖公会川口キリスト教教会
日本聖公会川口キリスト教教会は、1920年竣工。居留地時代にあったわけではないんですね。
川口アパート
川口アパート

さらに川口から木津川を渡ると江之子島。1871年には西洋式の大阪府庁がこの江之子島に作られ、江之子島政府と呼ばれました。

今では150mを越える高さがある大きなタワマンが建ち、昔の様子をうかがうことはできないのですが、大阪府庁があったとされる場所には江之子島文化芸術創造センターがあります。江之子島は西を木津川、東を百閒堀川に囲まれていたのですが、百閒堀川を埋め立てたので島には見えないですね。

この江之子島からは阿波座駅は近く、とても便利です。

阿波座ライズタワー
阿波座のタワマン「ライズタワー」もよく見えます。

ざこばの魚市
天満の青物市、堂島の米市、そしてここにはざこばの魚市がありあました。

阿波座駅からは新難波筋を北に向かい、土佐堀川へ。中之島にほど近いところを歩きます。

土佐堀・江戸堀

新難波筋を北に向かい、昭和橋を渡ると土佐堀川。対岸には中之島があり、北区です。

この辺りは小説『泥の河』の舞台となった地で、昔は川に多くの船が係留され、水上生活者がいたようですが、今ではそんな面影は全くありません。たくさんのオフィスがあり、まさにこの辺りはビジネス街って感じです。

土佐堀
土佐堀。大阪駅までも徒歩圏内。オフィス街って感じです。
中之島
中之島。この辺りから見た中之島が本当にきれいなんですよね。
常安橋
常安橋。岡本常安(初代淀屋)にちなんだ橋です。
なにわ筋
なにわ筋。大阪の中心地らしくなってきました。

土佐堀から江戸堀へと入っていくと、古い建物がいくつかあります。特に金光教玉水教会の建物は、1935年建築の建物で、登録有形文化財に指定されています。さらにこの辺りは広島藩の儒学者頼山陽の生誕地でもあります。

旧菅沢眼科病院
旧菅沢眼科病院。今はレストラン。大阪にはこんなおしゃれなレストランが多いです。
日本基督教団大阪教会
日本基督教団大阪教会。メリル・ヴォーリズの設計です。
金光教玉水教会
金光教玉水教会

靭公園を経て本町へ

四つ橋筋まで出れば、あとはこの大通りを南へたどるだけ。肥後橋から本町までは徒歩でおよそ10分ほどです。

この一帯は大阪を代表するオフィス街ですが、そんな都会の喧騒の中でひときわ存在感を放つのが靱公園。高層ビルに囲まれながらも豊かな緑が広がり、街に潤いと安らぎをもたらす、まさに都会のオアシスです。

秀吉が街で魚商人たちが「安い、安い」と言っているのを聞いて、「矢巣とは靭(屋を入れる道具)のことじゃ」と言ったことが由来と言われています。

靱公園は四つ橋筋に面した、東西に細長く伸びる独特な形状の公園です。南北の幅が短く、帯のように長く続くこの姿は、戦後に米軍の飛行場として利用されていた歴史の名残でもあります。

現在では美しいバラ園で広く知られ、見頃を迎える春には、多くの人々が花を求めて訪れます。都心にありながら四季の彩りを身近に感じられる、憩いの空間となっています。

靱公園
靱公園と言えば、テニスかな!!
靭公園
靭公園のバラ園はかなりお勧めです!!
大阪科学技術館
大阪科学技術館。靭公園の隣にあります。五代友厚の邸宅跡です。

さて、靭公園までくると、四ツ橋筋を下って、もう本町。西区の街歩きもこれで終了です。前半も合わせると、20km弱歩きました。ここもやっぱり楽しかった!!

四ツ橋筋
四ツ橋筋を南へ。西区の思い出に浸りながら歩きます。

堀江、九条、川口。それぞれに個性と歴史が息づく西区は、歩けば歩くほど新たな魅力に出会える街です。見どころの多さは、大阪市内でも屈指と言えるでしょう。

近年はその人気の高さから人口も増加傾向にあり、今後もさらに多くの人を惹きつけていくのかもしれません。特に若い世代にとっては、利便性と街の魅力を兼ね備えた非常に住みやすいエリアだと感じます。

一方で、ファミリー層が増え続けるとなると、学校や保育施設など地域の受け入れ体制が今後どのように整備されていくのかは気になるところです。人気エリアならではの課題と言えるかもしれませんね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です