西成区を全部歩く(前半)【萩之茶屋・飛田・天下茶屋】
西成区というと、世間では治安が悪いとか、路上で生活している人が大量にいるとかけちょんけちょんに言われていました。ですが、その西成区は今、驚くほどのスピードで姿を変えています。かつての面影を残しながらも、新しい街へと生まれ変わりつつある西成区。その現在の姿を確かめるため、今回は街の端から端まで歩いてみました。
西成区を全部歩く 前半
おそらく大阪で最も有名な区の1つである西成区。そんな西成区を新今宮から出発し、時計回りに天下茶屋、玉出、津守、と歩いて新今宮に戻ってきます。西成区は案外大きく、いろいろ見ながら歩いてみると、ほぼ丸一日かかります。
※玉手、津守、鶴見を歩いた『西成区を全部歩く 後編』 はこちら。
新今宮から萩之茶屋を経て、飛田へ
さて、出発は新今宮。JR、南海、地下鉄、路面電車と乗り入れる駅です。利用者も多いのですが、その大半が南海からJRの乗り換え客で、駅から外に出る人はほとんどいません。
それほど大きな駅ではないのですが、駅の中は以前と見違えるほどきれいになりました。また、駅の周りにたくさんあった激安の簡易宿泊所も一泊3000円程度のインバウンド観光客向けの格安ホテルになり、それに伴ってインバウンド用の飲食店も増えてきました。
極めつけは駅の北側(浪速区側)にできた、星野リゾートのホテルでしょうか。もともとは浪速警察署の駐車場や仮庁舎跡地で、暴動時にはすごい数の機動隊の車が止められていたのを覚えています。ここに高級ホテルというのも、なんとも思い切ったことをしたものです。



さて、新今宮からは西出口を出て、南海線沿いの道を南へ。この辺りは日本最大のドヤ街である釜ヶ崎、あいりん地区と呼ばれるところです。以前は暴動や違法薬物の売買などがあり、だいぶ不穏なところでしたが、2013年の西成特区構想により、激変。路上の生活者やずいぶんと減り、以前のような不穏な犯罪もずいぶん減った気がします。また暴動も2008年以降、起きていません。
10分ほど歩いて南の萩之茶屋駅へ向かい、萩之茶屋からは萩之茶屋商店街を歩きます。



南海の難波駅からわずか数分で萩之茶屋。普通しか止まらない駅で、小さい駅。この萩之茶屋はじゃりン子チエの舞台にもなり、大阪の中でも特にディープな西成区、その西成区のでも最もディープな場所です。
商店街は駅から東に向かって、500m程度ずっと伸びています。商店街は3割から4割程度は開いている程度で、シャッターも結構目立ちます。
民泊がちらほら、そして多いのはカラオケ居酒屋。カラオケの声が漏れてくるほど、結構にぎやかにやっています。こういったカラオケ居酒屋はほとんどが中国人による経営のようで、中国の方々が西成区の安価な土地を購入し、次々とカラオケ店を作っているようです。
実際、かなり中国の方が増えたために、西成チャイナタウン計画も持ち上がっています。地域住民には反対されているようですが…




チン電(阪堺)の今池電停を過ぎると、100m程度の今池本通商店街。そして、ドン突きまで行くと、飛田本通商店街。飛田本通商店街は南北におよそ600mにわたって続く商店街ですが、商店街に観光客の姿はほぼなく、地元の人しか来ないような商店街です。そこをまっすぐ北に進めば、動物園前商店街を通って、通天閣の辺りにまで出てくることができます。
飛田本通商店街には、他にも新開筋中央商店街や山王市場通り商店街など様々な商店街と接続していますが、どこもかなり寂れている感じ。昭和レトロとはよく言ったものですが、実際はあいりん地区の人口減とともに、商店街に人が来なくなってしまい、何十年もアップデートされていない商店街です。




飛田商店街をしばらく行くと、飛田。大阪人ならなんとなく聞いたことがある場所です。もともとこの辺りは飛田墓地で大阪七墓の1つ。刑場もすぐ近くにありました。そんな墓地の移転後は、難波新地や曽根崎新地の代替地となり、大阪随一の遊郭に。
日本最大の大正時代から昭和の初めにかけて日本最大の遊郭となりましたが、今では料亭という形式で現役で商売をしています。妓楼建築の立派な建物が多く、それぞれの建物がかなり見ごたえがあります。しかし、福原と違って、値段は書いてないんですね。その場で交渉するのかな?
ただ、ああ残念かな、遊郭内は絶対に撮影禁止。残念過ぎる。端から端まで歩いてみると、意外と面白そうなものがたくさんあるんですが…でも、なぜかgoogle mapのストリートビューでは見れます。



飛田のさらに北へ行くと、昔ながらの景色が色濃く残る山王。戦前から戦後にかけて、この山王に多くの芸人が住み、この辺りを「てんのじ村」と称したそう。今では、芸人が住んでそうな雰囲気はありません。山王は昭和のレトロが色濃く残るところで、大阪で最も色濃く残っている気がします。
山王から再び飛田新地の中を歩いて、さっきの飛田本通商店街へ戻り南へ。今度は玉出を目指します。




天下茶屋へ
飛田から今度は南へと向かって天下茶屋へ。いったん飛田商店街を抜けると、今度は西へと向かい、天下茶屋へ。飛田を抜けると、後は住宅街。世間一般の西成区のイメージはあいりん地区のあたりで、実は大部分の西成区は住宅地なんですよね。
サンスーク花園商店街は短い商店街ですが、ここもやっぱりほとんどシャッター商店街。昔は、一商店街一国制度というのをやっていて、この商店街はインドネシアをテーマにしていたのですが、もはやインドネシアのらしいものは全く感じません。以前インドネシアの小物屋が一軒だけあったようですが、見当たらず。
それでもこの商店街に人通りがそれなりにあるのは、この商店街の入り口にイズミヤがあるから。実このイズミヤこそ、イズミヤの一号店です。立て替えたので、建物はずいぶんきれいになりました。



サンスークを出ると、なんともレトロな風景が広がる梅南通。この辺りも相変わらずお店はほとんど閉まっているのですが、たくさんの専門店が並ぶ、昔ながらの景色が残っています。昔のじゃりン子チエ(萩之茶屋出身)のイメージでしょうか。
そんな梅南通を歩いてみると、いくつか目新しいおうちも。しかしよく見てみると、実は民泊だった、なんてことが結構あります。実は特区民泊の制度ができてから、90%が大阪に集中し、その30%は西成区に集中しています。この辺りの土地の安さそしてアクセスの良さに目を付けたんでしょうか。
利用している人は中国人が多いようで、確かにこのあたりで歩いている人をよく見かけました。大阪市は特区民泊の制度を廃止する予定で、これからは民泊は減少傾向に向かうと予測しているようですが、どうでしょうね。




天下茶屋駅は南海と地下鉄堺筋線が接続する大きな駅ですが、やっぱり駅の周りにはあんまり目立ったものがありません。駅から歩いて数分のところに西成区役所があります。
そして駅前には大きな屋内テニスコートやサッカー場。こんな駅前の一等地にスポーツ施設?なんて思ってしまいますが、実はこの地はもともと南海の天下茶屋工場の跡地。その後、大阪市がその土地を取得し、これからは再開発が予定されてるようです。となると、天下茶屋の駅前はずいぶん変わる可能性がありますね。
これからの発展が楽しみな一方、超高齢化が進むこの街ではなかなか大きな開発は難しい気もしますが…




天下茶屋の駅を抜けて、東側へ。駅前からは天下茶屋商店街を通り、紀州街道へ向かいます。天下茶屋商店街は萩之茶屋のようなディープさはなく、結構普通な感じ。閉まっているお店と開いているお店が半々程度でしょうか。



この天下茶屋の紀州街道のあたりに街道の雰囲気は残っていないものの、天下茶屋跡を含め、たくさんの史跡があります。
この紀州街道からさらに東に行くと、小高い山になっていますが、これが晴明丘や帝塚山。大阪の高級住宅地で、おしゃれな家がたくさんあるのですが、坂を上がれば阿倍野区なので、今回は行きません。



紀州街道を10分ほど歩くと、今度は西へ向かい、5分ほど花園本通を歩けば岸里玉出。今日のゴールです。
岸里玉出は南海の本線と高野線が合流しているものの、両線ともに普通のみが止まる小さな駅。ホームの端からは、30分に一本ほど走る、都会のローカル線、南海汐見橋線が分岐しています。
汐見橋線も今では存続が危ぶまれているほどですが、昔はこの汐見橋線こそが高野線で、汐見橋が高野線の終点でした。
まだまだ、西成区の散歩は続きます!!
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