紀州街道を歩く 4: 岸和田~泉佐野(鶴原)
泉州を南北に貫く紀州街道。この紀州街道を歩くだけで、泉州の歴史の大半を感じることができます。
今回は岸和田の城下町を出発し、紀州街道の終点となる泉佐野市・鶴原までを歩きます。5キロ程度の短い区間ですが、見どころが多い区間です。
紀州街道4: 岸和田から鶴原
岸和田といえば泉州最大の都市。岸和田へは南海電車が便利です。関西ではJRよりも私鉄の方が優勢ですが、この泉州地域でもそうで、南海電車が先週の中心地を走ります。
岸和田の駅前からは岸和田駅前通り商店街を通り、岸和田の市街地の中心となっていた欄干橋へと向かい、そこから紀州街道の再開です。
紀州街道沿いには古い町並みが広がります。


さて、とうとう岸和田城です。紀州街道からは1つ入ったところにあり、国道を挟んで反対側にあります。
天守閣は模擬天守閣で、そんなに大きなお城でもないのですが、秀吉に支配されたり、根来衆に攻められたり、いろいろありました。間違いなく泉州のシンボルです。
お城の周りには岸和田高校。そして、この岸和田に栄えた寺田財閥の様々な歴史的な建物があります。



お城の前には岸和田本町。古い家が建ち並び、紀州街道には街道らしい町並みが広がっています。




根来が岸和田城を責めた時にタコが助けたという伝説がのこる蛸地蔵こと天性寺を過ぎていきます。


泉州にはたくさんの紡績工場があるんですが、紀州街道ではちょうど貝塚市と岸和田市の境となる津田川沿いに寺田紡績の大きな工場があります。

貝塚
岸和田を抜けて貝塚市に来ました。貝塚っていうとあんまり歩いたことはないんですが、考えてみると、水間寺やつげ櫛などで有名なところで、ここもまた魅力が多いですね。
元々、貝塚は浄土真宗本願寺派の願泉寺を中心としてできた寺内町。紀州街道から一本入ると古い町の様子を見ることができます。
この辺りには宇野家住宅や旧吉村家住宅など、紀州街道沿いには登録有形文化財の家がかなりたくさんあります。
あんまり知られていなんですが、大阪って寺内町が多いんですよね。実は大阪市も元々石山本願寺の寺内町でした。




貝塚と言えば紀州街道から少し離れているんですが、脇浜えびすも紀州街道から近いです。脇浜えびすは泉州で最も有名なえびす神社の1つです。
貝塚の寺内町を出ると、雰囲気はどんどん田舎になってきます。古い家がたまにある感じでしょうか。街道がいい感じの広さであるということや旧国道26号線のすぐ隣を走っていることから、裏道になっているようで、結構なスピードで車が来ます。
泉州人が車の運転が荒いのは有名ですね。写真をとりながら歩くのも少し危険です。




そして、貝塚駅から1時間ほど歩いて、泉佐野市と貝塚市の境となる見出川を越えてすぐのところで紀州街道は終了です。
ここで紀州街道は山側にルートを変え、熊野街道へと合流。昔は熊野街道を歩き山中渓から雄ノ山峠を越え和歌山へと向かいましたが、このルートでは和歌山市の中心部を通りません。
紀州街道は泉佐野・尾崎とさらに海側を南下する孝子越え街道(紀州街道孝子越え)といったルートもあり。これだと峠越えが簡単で、さらに和歌山市の中心部にある和歌山城へと向かいます。


大阪市内からはそんなに長かったように感じます。熊野街道と比べると、歴史的なものはかなり多めでした。泉州を味わうにはやっぱり紀州街道ですね!!
コメントを残す