兵庫県

西国街道を歩く 3 : 箕面~西宮

西国街道も歩き始めて、大阪府に入りました。今回はその大阪府の北部を抜けて、兵庫県へと入り、大阪市から来た中国街道と合流する西宮までを歩きます。ほとんどが住宅地なんですが、そんな中でもわずかに残る街道の痕跡を探しなら歩くのはなかなか楽しいです。

西国街道を歩く 3: 箕面~西宮

箕面(瀬川宿)

阪急の石橋阪大前で箕面線に乗り換え、1つだけ乗れば桜井駅。今日はここからスタートです。周りは閑静な住宅地って感じですが、実は駅のすぐ前を走る道こそ西国街道。そしてちょうど駅の辺りは瀬川宿があった場所です。

古めの住宅地って感じですね。
瀬川宿本陣跡。今はみのお自動車教習所(右)。
瀬川神社

住宅地を歩いているといつの間にか豊中市に入って石橋の駅。そして、さらに数分歩けば池田市に入って、兵庫県との県境。石橋と言うと、阪大の豊中キャンパスがあるところで、待兼山という少し小高い丘の上にあります。この日はちょうど朝ということもあって、阪大生が朝たくさん歩いていました。真面目そうですね、みなさん。

ちなみに、この豊中にあるのは文系のキャンパスで、理系のキャンパスは吹田。考えてみると、大阪の中心地に大学がないんですよね。全部市街地からは離れたところにあって、そこが大阪の残念なところなんですよね。

待兼山からマチカネワニの化石が出土しました。なので阪大はワニが公式キャラ。
辻の地蔵。目の前の大きな邸宅はがんこ(レストラン)
高札場跡。このあたりで能勢街道と合流します。古い道標も。
箕面の山々がきれい

石橋の駅前から離れていくにつれて、街道らしい雰囲気が徐々に出てくる感じでしょうか。十二神社の前を走る中国自動車道を越えると、あっと言う間に伊丹市。兵庫県です。

ちなみに伊丹市に入る直前で少し北に逸れていくと、池田市ダイハツ町。ダイハツの本社があるところです。

街道の雰囲気がありますね。
弁慶の井戸。弁慶が頼朝に追われるときにここに立ち寄ったんだとか。
春団治の碑がある受楽寺。上方落語の大看板ですね。
地名が「ダイハツ町」。

伊丹へ

とうとう伊丹市です。伊丹と言えば、やっぱり伊丹空港ですね。清酒発祥の地としても知られ、江戸時代には酒造業で全国的に有名な地でもありました。

伊丹空港の入り口自体は街道からずいぶん遠いんですが、西国街道から10分ほど歩いた下川原公園に空港を見渡すことができる展望デッキがあります。

とうとう兵庫県!!
伊丹空港。あんまり見えないですね。やっぱりスカイパークがおすすめです。
Dash8-400かな!

伊丹と言えば、完全なベッドタウンなので、あまり街道とかは気にしてなさそうなイメージだったんですが、意外と歴史紹介の看板が豊富に設置されています。うれしいですね!!

五街道ならどの町もかなりアピールしたりするんですが、脇街道だと保存しようとしている自治体とそうでない自治体でかなり差がある気がします。

中村家と増田家と言う旧家が二軒並んで建っています。
浄源寺の大きなイチョウ(左)。ものすごい大きさで、樹齢は300年程度。

171号線に架かる軍行橋で猪名川を渡ります。ここは昔、渡しがなかったので歩いて川を渡ったようです。昔は小さな川だったんでしょうか。軍行というかっこいい(?)名前は両岸で陸軍の大演習が行われたことに由来するそう。結構最近の話なんですね。

あとは昆陽まで旧道をずっと進みます。住宅地メインですが、ところどころに街道らしい雰囲気は残っています。

猪名川。向こうには六甲山系が見えます。
多田街道との交点。川西の多田神社へいく道ですね。
辻の碑。東西の摂津国の境からおよそ7里の位置にある、摂津のへそとなるところ。

ここまでほとんど平地だったんですが、少し急な坂が出てきました。これが伊丹坂。1796年の摂津名所図会にも書かれた場所で、昔から有名だったみたいですね。

この坂を上ると昆陽宿ももうすぐって感じです。

伊丹坂。結構きつめの坂です。
登りきると和泉式部の墓。全国各地に墓があるような気がしますが。

伊丹坂をあって、大鹿と呼ばれる場所を通ります。この辺りは伊丹段丘と呼ばれる河岸段丘になっていて、他より少し高くなっているんですよね。

結構住宅地なんですが、こんなところに自衛隊の駐屯地。こんなところに駐屯地があるんですね。

大鹿のあたりのクスノキ。大きい木ですね。
有馬道との追分(右)
まーっすぐなところはまさに街道です。

伊丹警察署まで来ると、伊丹市の中心地。市役所や裁判所などたくさんの建物があります。

また西国街道から歩いて10ほど行くと、昆陽池があります。渡り鳥が多くみられるところで、湖畔には伊丹昆虫博物館も。息子と行きましたが、子連れにはぜひおすすめの場所です。

伊丹市役所。すごい威厳だ!!
昆陽池。大きな池です。行基が8世紀に作った池が起源です。

昆陽宿

ちょうど伊丹警察を過ぎたあたりからは昆陽宿。とはいえ、本陣も含めて、ほとんど何も残っていないのが残念。稲野小学校の辺りには西国街道の石碑がかろうじてあるぐらいでしょうか。

旅籠は7軒とかなので、かなり小さめの宿場だったようです。

昆陽宿
「すぐ中山 小濱」の道しるべ(木の下)。中山寺と宝塚の小濱宿なんでしょうね。
昆陽宿。
西天神社
東天神社とともに、昆陽の氏神です。

宿場の終わりには昆陽寺があります。立派な山門のお寺です。行基が昆陽池の造成に伴って建てたお寺(畿内49院の1つ)とされており、歴史も大変長いお寺です。

昆陽寺。山門は江戸時代中期のもの。
師直塚。高師直はこのあたりで討たれました。

昆陽寺から171号線沿いを15分ほど歩くと武庫川です。西国街道は髭の渡しと呼ばれている渡しがあったようですが、これは髭がはえた老人の茶店が付近にあったから。この渡しの付近はコスモス園にもなっていて、秋のコスモスのシーズンに来たらとってもきれいな場所です。

髭の渡しのところには橋がないので、南下して171号線にかかる甲武橋を渡ります。昆陽寺を過ぎたところから髭の渡しまでわずか10分ほどですが、少しだけ尼崎市を歩くと、西宮へ。

武庫川のコスモス。いろんな色のコスモスがとってもきれいです。
髭の渡しの常夜灯。コスモス園の近くにあります。

西宮へ

武庫川を越えると西宮市。西宮市でも、西国街道の看板がたくさん設置されています。

やっぱり西宮ともなると、かなりの住宅街と言うこともあり、街道らしいものがほとんど残っていないのですが、時折、街道によくある大きな木が生えていたりします。やっぱりいつか切られてしまうんでしょうか… そうなると少し寂しいですね。

住宅地内ですが、旧西国街道の看板が!!
クスノキの大木。

門戸厄神の名前で知られる東光寺は、西国街道からすぐ近くのところにあります。厄除けで有名なお寺ですね!

ちなみに、西宮市で最も神社仏閣と言えば、市の名前の由来にもなった広田神社なんですが、残念ながら西国街道から2-30分歩いたところにあり、少し離れています。

門戸厄神への道。近くに大学があるので、大学生が多いです。
ここまでくればもうだいぶ住宅地って感じですね。

ようやく西宮の市街地が近づいてきました。西宮は、市街地はとてもきれいで、大きな木がたくさんありました。歩きながら大きな木を探すのも楽しいですね!

西宮の中心地はとてもきれいな町並みですが、実は空襲で大きな被害を受けており、古い建物などはほとんど残っていません。というか、ここから三宮までほぼずっと、自然災害や空襲の影響などもあって、街道らしい雰囲気はほぼ全くありません。残念。

なお、ずっと並行して走ってきた国道171号線も札場筋の交差点で国道2号線と合流して終わり。京都から続く約50kmの国道です。

札場筋の交差点。ここで国道171号線が終了です。
巨木がたくさんあります!!
街中がきれいでいいですね。さすが神戸。
西宮えびす神社
西宮えびす神社の表大門。

さて、ということで今日のゴールの西宮えびすです。えびす祭りで有名な神社で、毎年福男レースでよく知られていますよね。関西でも今宮戎と同じぐらいよく知られた神社です。

いろいろ寄り道していると結構長くかかってしまいました。さて、次回は西宮を出て神戸までを歩きます。

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