京街道を歩く2【枚方宿】: 八幡~守口

三重から東海道を歩き、大津からは京街道へと入り、とうとう石清水八幡宮のところまで来ました。今日はここから淀川沿いに歩き、大阪府へと入っていきます。街中を歩いたり、淀川沿いを歩いたり、とても見どころが多いウォーキングです。

京街道 2: 八幡~守口

石清水八幡宮を出ると、ここから淀川沿いに歩いていきます。ここで高野山方面へ向かう、東高野街道と分岐します。途中、橋本遊郭跡や樟葉台場跡等見どころが多いです。

台場とはなんとも物騒そうな場所ですが、幕末の際に外国船が淀川を上って京都を攻めるのを防ぐために設けられたものです。今では砲台もないのですが、かなり大きな広場になっており、国の史跡に登録されています。

ここを下ると東高野街道。今日は京街道を行きます。
橋本遊郭跡。もとは巨大な遊郭跡だったようです
樟葉台場跡。
楠葉台場跡。ここで朝ご飯を食べていきます。

楠葉台場跡から歩いて30分程度で樟葉駅。京街道は淀川沿いを歩いているので、小さな駅にしか見えませんが、駅の反対側はかなり発展しています。ちなみに樟葉というのは継体天皇が築いた樟葉宮に由来するんですが、石碑は交野天神社にあり、京街道からは遠いです。

よく見てみると、駅の名前は樟葉、そして住所は楠葉。楠の漢字が違いますね。

樟葉駅前。西側はすぐ淀川に面しているので、何もありません。

樟葉から枚方

樟葉を出ると枚方へと向かいます。約1時間半ほどで枚方に着きますが、街歩きがメインで旧道らしい雰囲気が残っているところはあんまりないです。それもそれで楽しいのですが。

京街道からそれると渚の院や片埜神社なんかもあります。

牧野駅周辺。全然知らないところを歩くのも楽しいですよね。
片埜神社。ひらかたえびす神社とも呼ばれます。
惟高親王が狩りを楽しんだ渚の院。現在は鐘楼だけが残ります。

天の川をわたると枚方宿。京街道の宿場町で、京都と大阪間では最も大きな都市の1つです。

枚方宿

天の川を渡って枚方。大阪府下では4番目に人口の多い街です。関東の人には「まいかた」と間違えて呼ばれますが、正しくは「ひらかた」です。京都の大阪のほぼ中間点に位置することから、高槻と同じく、大阪でもとても住みやすい街として人気です。また、ひらパー(ひらかたパーク)があることで有名ですね。

古くは日本書紀に比攞架駄(ひらかた)という名前が見えるものの、その名前の由来はわかっていません。

駅前に残る枚方橋の親柱。
磐船街道との分岐。
街道沿いに毎週日曜日56枚方市が行われています。
本陣跡。三矢公園にあります。北河内郡の役所跡でもあります。

枚方宿は枚方市の中心地にありながらも、街道沿いには漆喰に虫籠窓の古そうな町屋が20軒ほど残っています。歴史ある町並みの景色です。

また街道沿いの至る所に案内板があるのもうれしいですね。

浄念寺(枚方西御坊)。ここは道路が桝形になっていますね。
街道らしい雰囲気がありますね。
妙見宮常夜灯石灯篭。常夜灯は街道らしくていいですね!
枚方宿問屋役人・木南気喜右衛門家。明治中期の建築のようだ。

枚方駅近くの万年寺山を登ると、枚方の町並みと淀川を見下ろすことができます。万年寺山の頂上には意賀美神社が鎮座しています。

また、この万年寺山は秀吉が1595年に御茶屋御殿を建てた場所としても知られており、現在では展望台。上から見下ろすと景色がきれいです。ちなみにこのあたりは枚方丘陵と呼ばれ、万年地山から南方向に高台が続いています。

意賀美神社
展望台から。確かに結構きれいですね!対岸は高槻です。

枚方といえば、やっぱり忘れてはいけないのが「くらわんか舟」。枚方は伏見や大阪に向かう三十石船の港として繁盛しました。江戸時代に東海道を旅した東海道中膝栗毛にもくらわんか舟の様子が出てきて、「飯くらわんかい、酒のまんかい・・・われもめしくうか、ソレくらえ。」などとひどい言葉でものを売りつける様子がここの名物であると描かれていています。

また、街道沿いには船宿として栄えた鍵屋の建物(主屋)が残っており、資料館となっています。

鍵屋資料館。

枚方から守口

枚方宿も終わりまで来ると、ひらパーの観覧車やらが見えてきました。

京街道は少し狭い道に入ります。そして、そこは旧道の雰囲気が残る光善寺の町並み。京阪電車の駅の名前にもなったお寺で、出口と呼ばれるこの周辺の寺内町の中心になったお寺でもあります。ちょっとお寺に入ってみると他の寺内町同様、莫大な大きさの本堂があります

光善寺。蓮如は山科に行く前、ここで3年間過ごしました。
この辺りにも古い家が残っています。

光善寺を出たら、すぐに寝屋川市。そして、 しばらく長い堤防歩きです。ここから約7キロほどは堤防を歩いて守口を目指します。日陰になるものがないので、夏歩くとなかなか暑いですね。時間にしてだいたい2時間ほどです。

河川敷にも道があるのですが、北河内サイクルラインに指定されており、自転車がよく通るので危ないです。

鞆呂岐神社。すぐ近くには同じ読み方の友呂岐神社もあります。
淀川から21キロ。思ったより遠くはないですね。
茨田堤は仁徳天皇が作った淀川の治水対策の堤です。
鳥飼大橋。対岸は鳥飼茄子と鳥飼車両基地で有名な摂津市鳥飼。

堤防歩きもなかなか単調です。たまに川から少し離れたところに見どころがあるので、寄り道。すぐ近くに国道1号線が走るので、コンビニとかも結構あります。

佐田天満宮。守口と枚方の中間にあり、間の宿と言われました。
モノレールが見えたら守口。長い堤防歩きでした。ここから大日駅は歩いて10分ほど。

堤防から逸れると、守口の住宅街歩き。結構道がややこしいですが、道路に目を向けてみると「京街道」と書いた石碑があります。

街道を歩いていてこんな看板を見つけると、街道が大切にされているようで、どこかうれしくなりますね。

「京街道」と書いてあります。
守口。住宅地らしい感じです。
街道といえば一里塚ですが、もちろん残っていません。

さて、もう少しで守口宿だと言うところで地下鉄谷町線の守口駅があります。今日はたくさん歩いたのでここで終了します。今回は本当に見所が多かったと思います。

地下鉄に乗れば、梅田(大阪駅)まで15分程度。近くには京阪線もあるので、便利ですね。

ちなみに守口と言えば、あの探偵小説家江戸川乱歩が住んだ場所で、寓居跡がすぐ駅前にありました。今ではアパートが建っているのですが、守口で執筆活動をしていたのかと思うと、少し意外ですね!!

守口駅前のこの駐車場が本陣跡。
地下鉄谷町線の守口駅。梅田から15分ほどのところです。

次回はここから大阪高麗橋の終点まで歩いてみたいと思います。とうとう京街道も終点となりました!!

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