松坂城【圧巻の石垣】
松阪牛で有名な松阪。その昔はこの町を伊勢街道が横切り、本居宣長や三井高利などの多くの松阪商人がこの松阪から輩出されました。今でも栄えるそんな松阪の小高い丘の上に立つのが松阪城です。
松坂城
松坂城は松阪駅から歩いて15分ぐらいのところ。ちなみに駅名は松阪ですが、ここは松坂城。坂の漢字が違います。三重県では、伊賀上野城とともに100名城に選ばれています。お城は松阪公園内にあり、自由に見学できます。
豊臣秀吉の家臣である蒲生氏郷が1588年松坂城を建てたのが始まり。お城をわずか3年で完成させました。また、この地は蒲生氏郷は自身が好きだった「松」と秀吉の大坂から「坂」の字をとって、松坂と命名されたと言われています。松阪は江戸時代には紀州藩に組み込まれました。
短期間で作った城と言うこともあって、小規模なお城を想像してしまうのですが、実際のお城はかなり巨大。ただ残念ながら櫓も天守も全く残っておらず、残っているのは石垣だけです。




松坂城は四五百森(よいほのもり)と呼ばれた小高い丘の上に立っています。この松坂城ができる前は、松ヶ島城と呼ばれるお城が近くにありました。ただ、伊勢湾近くだったことから、より防御力の高い小高い丘の上へと移転しました。
松坂城は本丸が中心となって、東に二の丸、西にきたい丸、そして南に隠居丸、という感じ。
二の丸には、紀州藩が陣屋を置いていたんですが、1877年に焼失。今では藤棚で有名です。そのほかにも、隠居丸には松坂出身の本居宣長の旧宅である鈴屋が移築され、そして本丸の奥にあるきたい丸は美しい梅林で有名なところです。


本丸へ
何度か桝形を通り、二の丸からさらに上がると本丸。この本丸は天守のあった上段と下段に分かれています。下段には太鼓櫓、遠見櫓、月見櫓の跡があり、これらは多聞によってつながっていました。ずいぶんと防御力が高いお城だったようです。
上段には3層の天守があったようですが、1644年に台風で倒壊してしまったようで、その後に再建されることはありませんでした。
天守も敵見櫓や金の間櫓と多聞によってつがった連立式天守でした。



御城番屋敷
ちなみにお城から少し下ったところにあるのが御城番屋敷。松坂城を警備した松坂御城番と呼ばれる武士たちが居住していた屋敷で、石畳の道に沿って、きれいに整えられた槙垣があります。
昔の松坂城を思わせるような建物となっていますが、実は今でも子孫の方が住んでいます。ただ、最も手前に位置する部屋だけは見学することができるようになっていました。


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