安倍晴明と安倍晴明神社

日本で安倍晴明を知らないという人はほとんどいないでしょう。安倍晴明に関するストーリーは映画化されていたりもしますし、もはや日本史上最も有名な偉人の1人といえます。彼に関する伝説も多いので、もはや伝説の人物の様に思えてしまいますが、安倍晴明は実際に存在した人物であり、実は一説によると大阪出身の人物とされています!

安倍晴明

晴明の生涯

安倍晴明は921年生まれで、平安時代に活躍した陰陽師です。陰陽氏は陰陽道を使う人物たちのことで、陰陽道の基本となる考え方はすべての物質が陰陽という相反する形で存在すると考える陰陽思想と、この世のすべてのものが木、火、土、金、水の5つで構成されると考える五行説です。もちろん科学的な根拠などはないので、現代的に言うと彼は超能力者や占い師といった分類になるのでしょう。

平安時代には天災などはすべて鬼の仕業であると考えられており、陰陽師はその鬼をまじないをつかって退治し、平安京の都を守っていました。それ以外にも天文を観測したり、占いなどもやっていたようです。当時、陰陽師は非常に重要な存在を担っており、彼らは天皇から絶大な信頼を得ていました。安倍晴明はその陰陽師の筆頭として活躍し、六代の天皇や藤原家などの貴族に仕えました。

しかし、安倍晴明が陰陽師としての活躍が始まったのは彼が40歳の時で、デビューはかなり遅かったようです。彼の幼少期に関する記録は多く残っておらず、残っていたとしてもその多くがほぼ伝説であろうと考えられています。

晴明に関する伝説

では、安倍晴明に関する伝説を一部見てみましょう。

安倍晴明と賀茂忠行

安倍晴明は著名な陰陽師賀茂忠行に仕えていました。ある日、晴明と忠行が出かけているとき、晴明は自分たちに鬼の集団がやってくるのが見えました。晴明はとっさに寝ていた忠行を起こすと、忠行は自分たちの姿を隠し、鬼をやり過ごしました。忠行は晴明が鬼が見えることに感心して、陰陽道のすべてを伝授しました。

式神と晴明

晴明は式神という見えない手下を使い、日々の雑用をこなしていました。

statue of shikigami at seimei shrine
晴明神社(京都)の式神
晴明のライバル

芦屋道満は安倍晴明の最も大きなライバルでした。芦屋道満については実在するのかどうかも含めて多くが謎とされてきていますが、晴明を陥れようとする嫌な存在でした。

道長の犬

あるとき、藤原道長が犬の散歩に行こうとしていました。しかし、犬は散歩を過度に嫌がりました。道長は早速晴明を呼び、理由を探ったところ、晴明は芦屋道満が道長を呪い殺そうとしていることを知り、犬がその呪いを怖がっていたから散歩に出たくなかったのだと言い当てました。道長は道満を兵庫県佐用へと島流しにしてしまいました。

安倍晴明神社

天王寺駅から歩いてさほど遠くない距離に、安倍晴明神社があります。晴明の死後すぐに建てられたこの神社こそ、安倍晴明が誕生したと伝えられる場所です。神社としてはかなり小さいが、訪問者は絶えません。また、戦争中に爆弾が落とされるも、爆弾が爆発せず、戦災を免れており、なんも不思議な神社ですね。

安倍晴明神社は小さな神社です。
安倍晴明の家紋である五芒星がかっこいいですね!

清明の産湯。

 

絵馬には安倍晴明とキツネが描かれています。でもどうしてキツネなんでしょう? それは次の「安倍晴明と葛の葉伝説」をご覧ください!!

安倍晴明神社

住所
大阪府大阪市阿倍野区阿倍野元町 5-16

 

行き方
あべの・天王寺駅から徒歩20分。阪堺上町線(ちん電)東天下茶屋電停すぐ。

 

拝観時間
 

 

拝観料
無料

 

そのほか
 

 

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