上街道を歩く1: 奈良~天理
奈良には『山の辺の道』をはじめ『柳生街道』や『横大路』など様々な旧街道が残っています。その中でも上街道は伊勢本街道の一部として、奈良盆地を南北に縦断し、奈良らしい田舎の風景が楽しめる街歩きのハイキングコースです。
※上街道は伊勢本街道の一部です。伊勢本街道の全行程の記録はこちら
上街道 1: 奈良~天理
飛鳥時代に整備された、奈良盆地を南北に貫く官道は『下ツ道』『中ツ道』『上ツ道』とありましたが、中でも東を走るのが上ツ道でした。その後、主要な生活道路としても使われ『上街道』と呼ばれています。古代の官道なので、ほぼ直線になっています。
ならまち
興福寺の南円堂の階段から下に降りて、猿沢池を通り、率川にかかる小さな橋を越えると、上街道が始まります。まずは、奈良市内の中でも古い町並みが残るならまちを抜けていきます。
ならまちはもともと元興寺の境内だった場所です。元興寺は昔、都が飛鳥から奈良に遷都したのに伴い、飛鳥寺が奈良に移転されたもので、その昔は興福寺や東大寺と並ぶ巨大な寺でした。今では元興寺も寺領の大半を失い、かつての境内地には江戸時代以降に作られた建物が多く並んでいます。
ならまちから帯解寺へ
ならまちは過ぎるとしばらくは住宅街、そして奈良らしい畑の中を歩く街道へと変わっていきます。古い家が立ち並んでいるような感じではないですが、のどかな田舎って感じです。交通量は多いわけではないですが、しばらく歩道がない道が続くので、注意が必要です。
さて、帯解寺まで来ました。京都の敷地天神、兵庫の中山寺と並んで、関西で最も有名な安産祈願の寺がこの帯解寺です。文徳天皇の妻の染殿皇后(藤原明子)の安産祈願を行い、清和天皇が誕生したことにより有名になり、江戸時代には徳川氏の安産祈願を行った歴史が大変長いお寺です。初めて来たのですが、実はお寺自体はそんなに大きなお寺ってわけではないんですね。
本尊は帯解子安地蔵尊です。
帯解寺から天理へ
帯解を出てると、さらに上街道を南へ進んでいきます。途中、大きな神社や古墳などはないのですが、小さな見どころは多数ある感じです。なお上街道沿いにはコンビニなどは全くないのですが、すぐ東を走る国道169線に行けばコンビニがある時があります。
天理が近づくにつれ、天理教の施設が多くなってきました。天理は日本で唯一の宗教都市とも言われ、天理という名前は天理教に由来する名前です。「ようこそおかえり」と至る所にありますが、それは天理こそがすべての発祥の地とされているから。多くの信者そして宗教施設がこの天理の地にあります。施設の前に都道府県名などが書いてあるのは、その地域の人がそこに泊まるんでしょうか。
天理教が有名といえ、天理教ができたのは19世紀。上街道はそれよりずいぶん前から存在しているので、天理教とは関係がない歴史的なものも上街道沿いには多く存在しています。
さて、天理に着きました。天理はJR線やJR万葉まほろば線がある駅ですが、近鉄の方が断然便利で、大阪市内からは40分程度、奈良市内までは15分程度って感じです。
奈良からは南に10kmほどの位置にあり、3時間程度で到着することができました。途中には坂もなく、道もまっすぐなのでとても快適な街歩きでした。次は天理を超え、桜井まで歩きます!!
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