堺筋を歩く【紀州街道】

大阪の最も有名な通りといえばやっぱり御堂筋。しかし、実は御堂筋ができたのは1937年のことで、それまでは大阪のメインストリートというと堺筋でした。そのため、堺筋沿いには御堂筋以上に古い建物や多くの見どころが多くあり、歩くなら御堂筋よりもこの堺筋が断然お勧めです。

堺筋

難波橋・高麗橋

堺筋は難波橋から天下茶屋まで。今でもメインの通りの一つですが、御堂筋ほどの大きさはありません。全線が南行きです。

さて、堺筋は大川と堂島川の2つに架かる難波橋から南に向かいます。

難波橋はこの周囲に架かる天神橋、天満橋と並んで大阪三橋の1つであり、この三橋の中では最もおしゃれな気がします。

ライオンがいるので、ライオン橋とも呼ばれます。
なかなか美しい橋です。

堺筋を下って北浜、堺筋本町へ

難波橋を渡ると、堺筋のスタートに立つのが大阪証券取引所(大阪取引所)。世界初の先物取引が行われた場所としても知られており(英語のwikipediaにも書いてあるんですよね!!)、大阪経済の中心となる建物です。そんな大阪証券取引所の前に立つのは大阪経済の父、五代友厚です。

大阪取引所
五代友厚。実は彼は大阪人ではないんですけどね。

このあたりは北浜と呼ばれる場所でまさに大阪の経済の中心地。大企業や銀行系が多くあり、またビジネスマンが手土産にするちょっと高級なお菓子屋さんも多くあります。

また、注意して歩いてみると古い建物も多いです。これらの古い建物多くは実際かなり古くに建てられており、大大阪時代(1925~1930年前半)に大阪が最も栄えていた時期に建てられたものです。

この大大阪時代では面積、人口ともに東京を上回り、まさに日本一の大都市となりました。

右に五感。大阪で最も有名な洋菓子店の一つ。ビルは1922年に建てられた旧報徳銀行。
高麗橋野村ビル。1927年竣工。
三井住友銀行大阪中央支店。1936年のものです。

堺筋から少し逸れるのですが、高麗橋も是非行っておきたいポイント。

実は堺筋はその昔は紀州街道とも呼ばれており、大阪と和歌山をつなぐメインの街道の一部でした。しかし、紀州街道の時、始まりは東横堀川に架かる高麗橋で、実は多くの街道の出発点となったのが高麗橋でした。

紀州街道は高麗橋からはまっすぐ西へ500mほど向かい、三井住友銀行大阪中央支店のあたりで堺筋に合流し、南下していきます。

高麗橋
高麗橋の擬宝珠。1604年の擬宝珠です。

さて、堺筋に戻ってどんどん南へ向かいます。おもしろい建物も多いですね。

小西儀介商店の旧小西家住宅。小西儀介商店は接着剤『ボンド』を作りました。

旧小西家の辺りは道修町(どしょうまち)。この道修町では江戸時代に薬種商たちが幕府の公認を受けて日本の薬を検査し、流通させていました。薬町として発展したところで、今でも日本の有名な製薬会社の多くがここに本社を構えます。堺筋から少し入ったところには薬の神として知られる少彦名神社もあります。

少彦名神社こと神農さん。入り口が少し小さくてわかりにくいです。
道修町通り。ここに日本を代表する製薬会社の多くが集まっています。
生駒ビル。1930年に建設されたもの。

道修町をすぎると、かなり新しい高層ビルも増えてきました。オフィス街なので平日は優秀なビジネスマンたちがここを闊歩しますが、オフィスが閉まった夜や休日は結構ひっそりしていることが多いです。とはいえ、最近では堺筋沿いにもタワーマンションもずいぶん増えてきました。

本町通を超えると南船場。大阪は江戸時代北組、南組そして天満組に分かれていましたが、この本町通が北組と南組の境でした。この本町通の南には中央大通りがあり、より大きな道路なのでそれがメインに見えますが、中央大通りができたのはかなり最近のことです。

本町通付近
これは中央大通り。船場センタービルがあります。
堺筋倶楽部。旧川崎貯蓄銀行。1931年の建立です。金庫の中でフランス料理をたべました。

長堀橋・日本橋を通ってミナミへ

長堀通りまで来るととうとうミナミです。南というと今では難波を指す言葉ですが、昔はこの長堀以南の場所、今の島之内付近を指しました。

昔はこの長堀通には長堀川と呼ばれる川が流れ、堺筋には長堀橋がかかっていました。この橋は長堀川にかかる橋で唯一の公儀橋(国が管理する橋)。大阪では大半が町橋(町民が管理する橋)なんですが、特に重要な橋だけが公儀橋となりました。

現在はそんな長堀橋も長堀川の埋め立てに伴い撤去されてしまい、跡形もなくなってしまいました。

長堀通との交差点。この辺りは特に賑わっています。
島之内。道頓堀がと長堀川に囲まれたところです。

もう日本橋(にっぽんばし)まで来ました。道頓堀にかかる橋が日本橋で、これもまた公儀橋。堺筋は大阪のメインストリートだったこともあり、長堀橋も日本橋も両方とも公儀橋です。一方御堂筋は古くから大きな通りだったわけではないので、長堀川に架かる新橋(心斎橋は戎橋筋にかかる橋)も道頓堀川にかかる道頓堀橋も公儀橋ではありませんでした。

道頓堀の碑。安井道頓が大阪の陣の時辺りに作ったのがこの道頓堀。
道頓堀の堺筋側入り口
道頓堀。ここからみる道頓堀もなかなかきれい。
日本橋。橋としてはあまりおしゃれではないのかも。

日本橋の交差点で千日前通りと交わるのですが、実は堺筋はまだまだ続きます。

一筋東に入ると黒門市場が堺筋に沿ってあります。黒門市場はターゲットを日本人から外国人にシフトし、コロナ禍ではかなり苦戦しているようです。人通りはかなり少なく、今では以前のように歩きながら食べるようなところはほとんどなくなっていますね。まぁインバウンドで盛り上がる前はこんな感じだったんですけどね。

黒門市場。人がほとんどいないですね。

黒門市場付近を過ぎるとでんでんタウンと呼ばれる場所。東京の秋葉原に相当するような大阪の電気屋街で、オタク向けのお店も多くあります。堺筋沿いにもたくさんのお店があります。

意外と電気街になったのは戦後のこと。昔はこの辺りは長町と呼ばれてスラム街でしたが、1903年の内国勧業博覧会の時にスラム街は長町からあいりん地区へと移ることになりました。

高島屋東別館。旧松坂屋大阪店。1937年の建物です。
五階デパート。なぜ三回建てなのに五階?それはここに五階建ての展望台があったから
西の秋葉原(?)こと日本橋。堺筋の町並みです。
日本橋商店街。こんな小さな商店街も。

でんでんタウンも抜けて通天閣を見ながら新世界沿いにどんどん南に歩いていきます。ここは堺筋ではなく、新世界の中を歩いたほうが面白いのかも。

途中、恵美須町の交差点がありますが、大阪と和歌山をつなぐ街道である紀州街道はここで堺筋をそれて一筋西を歩きます。紀州街道はまた他の機会のある時にして、今日はせっかくなので堺筋の終わりまで歩いてみたいと思います。

通天閣。もう終わりが近づいてきました。
新世界。隣にあるのはアングラレコードで有名な澤野工房。
新今宮付近。あべのハルカスが見えますね!!

そして堺筋の終わりへ

新今宮駅を超えて堺筋はまだ少しだけ続きますが、新今宮駅を超えると何もなくなってきました。

西成区なのでスーパー玉出。
ここで堺筋終了です!

さて、ということで堺筋の終点まで到着しました。難波橋からは約8キロって感じです。堺筋という名前ですが、堺までは続いていません。また、御堂筋のように最後は国道につながるとかではないんですよね。なんとも意外な終わり方。

歩き始めてだいたい3時間ほどで着きましたが、いろいろ立ち寄るスポットがあるので、いろいろ立ち寄りながら歩いていると1日かかってしまうんでしょう。大阪の歴史を知ることができるなかなか楽しい街歩きでした。この終点から歩いて10分ほどで南海萩ノ茶屋駅があります。