観心寺【奥河内の名刹】

奥河内といえば、和歌山や奈良との県境に山々がそびえ、その美しい景色で有名ですね!しかし歴史のあるスポットもたくさんあります。特に奥河内はあの有名な楠木正成の出身地であり、その正成が幼年期に過ごしたと言われる観心寺は奥河内の代表的なスポットです。

観心寺の歴史

観心寺は701年役行者によって、山岳修行の場所として建てられました。この時はまだ小さなお寺に過ぎなかったです。しかし、高野山ができた後は高野山の中継地点としてこの寺は大いに繁盛しました。空海もこの寺に立ち寄り自身で如意輪観音を作って安置しました。さらに、空海の一番弟子でもあり甥でもある実恵はこの寺を巨大なお寺にしました。

開山堂。実恵を祀ります。

しかし、最も忘れてはいけないのはこの大きな寺であの楠木正成が学んだということです。正成は地元の悪党(鎌倉幕府とは独立した武士団のこと)でしたが、この寺で学習し、教養のある武士になりました。その後、正成は後醍醐天皇に尽くし、亡くなりました。

Statue of Kusunoki Masashige at Kanshin-ji Temple

観心寺

観心寺は奥河内の金剛山の麓にあるお寺です。現在でもかなり大きいお寺で、紅葉も見事で美しいです。

entrance of kashin-ji temple
観心寺の入り口です。

金堂

入り口から続く階段を上がると、金堂があります。観心寺の本堂となっている金堂は大阪でも数少ない国宝の建築物です。後醍醐天皇の命で、楠木正成が建てたと言われ、日本古来の仏堂建築様式である和様を基調としながら随所に禅宗様や大仏様の造りが見られ、寺社建築の中では様々な建築用法を用いたものとして代表とされる建物です。

Kondo of Kanshin-ji Temple
金堂です。

なお、中に祀られているのは平安時代に空海によって作られたとされる如意輪観音像であり、日本の三大如意輪観音像として名高く、これもまた国宝です。保存状態も非常に良かったようで、まだ着色が残っているのもすばらしいです。残念ながら、如意輪観音像は毎年4/17, 18のみであり、普段は見ることができません。

Tatekaketo pagoda of Kanshin-ji Temple in Osaka
建掛塔。本堂の隣にあります。正成はこの塔を作っている途中亡くなりました。正成の完成を未だ待ち続けています。

金堂と同じぐらいの注目を集めるのが、この正成の首塚です。正成は湊川の戦いで足利尊氏の軍に敗北した後、京都でさらし首となりましたが、後に尊氏は正成の首を丁重に河内へ送り返したと言われています。その首はこの観心寺に埋められました。

Grave of Kusunoki Masashige

そのほかのスポット

北斗七星星塚めぐり

なお、観心寺にはユニークな特徴があります。それは日本で唯一、北斗七星を祀っているんです。もともと中国で学んだ空海が道教において信仰されている北斗七星を勧進したものだと言われています。寺内には7つの場所があり、それらを参拝することで厄除けになると言われています。

三番目の禄存星です。

なお、順番は金堂から先に参り、貪狼星(とんちんしょう)から破軍星(はぐんしょう)まで北斗七星を一巡、そして最後に境内の真ん中にある訶梨帝母天堂(かりていもてんどう)に参拝することになっています。

訶梨帝母天堂。訶梨帝母というのは鬼子母神のことです。1549年建立の非常に古い建物です。

 

観心寺のアクセス情報

住所
大阪府河内長野市寺元475

 

行き方
南海高野線または近鉄長野線河内長野駅からバスで20分。バスの本数は頻繁にあります。

 

拝観時間
9:00~17:00

 

拝観料
300円

 

そのほか
紅葉で有名な延命寺が近くにあります。延命寺までは歩いて30分ぐらいです。

 

 

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