一心寺【骨佛で有名】

天王寺には四天王寺と呼ばれる全国的に非常に有名な寺がありますが、その四天王寺の裏にも大阪で非常に有名な寺の1つである一心寺があります。一心寺はその昔からとても有名な寺だったが、今では人の骨によって作られた骨仏とそのモダンな建築物により知られています。。

一心寺の歴史

一心寺の起源は1185年。浄土宗の開祖である法然が、この地に「源空庵」という小さな庵を建て、「日想観」という夕日を見ながら浄土を思い浮かべる修行を行ったことに始まる。このあたりは実は昔は夕日の名所といわれており、きれいな夕日をここから見ることができたのでしょう。

portrait of Honen by Ninkai
法然 wikipediaより

後白河天皇もここにやってきて、法然とともに日想観を行ったと言われています。しかし、そのあと一心寺は荒廃し、16世紀になって再興されました。大阪夏の陣・冬の陣では徳川方が陣を置いたりするなどして、大阪では珍しく、豊臣ではなく徳川家との関係が深い寺として知られています。

一心寺の境内

Modern looking entrance of Isshin-ji Temple
寺とは思えないような斬新な門ですね。デザインは一心寺の長老兼建築家の高口恭行氏です。

さて、一心寺の歴史は古くても、WWIIでほぼすべてが焼失。戦後に復興され、境内には古い寺院風の建物とモダンな建築が同居しており、普通のお寺では楽しめないような光景を見ることができます。

一心寺の本堂。本尊は阿弥陀如来です。

一心寺といえば、やはり人骨で作られる仏が有名です。一心寺は宗派を問わず、火葬された人たちの骨を受け入れており、その人たちの骨を用いて阿弥陀仏にしています。一心寺以外にも、骨仏を作っている寺はあるのですが、日本では一心寺がことさら有名ですね。1887年に約5万人の骨を用いて骨仏を作って以来、10年ごとに1体作っている。

骨仏堂:。この建物に骨仏があります。

一心寺の境内には本田忠朝の墓があります。本田忠朝は徳川の部下で、冬の陣で酒を飲んでいたため敗けてしまい、そのことを家康に攻められたため、夏の陣では汚名返上を誓って戦ったものの、討ち死にしたと言われています。死に際に「酒のために身を誤るものを救おう」といったことから、本田忠朝の墓は禁酒のために訪れる人が多いところです。

 

grave of Tadamoto Honda at Isshin-ji Temple
しゃもじの絵馬を奉納するのがならわし。

 

一心寺はやはり歴史のある寺であり、ほかにも東京の有名歌舞伎役者、八代目市川團十郎の墓もある。なお、団十郎は大阪で自殺している悲劇の歌舞伎役者です。

他のスポット

一心寺シアター倶楽

一心寺の東にあるのが、一心寺シアター倶楽と三千仏堂。設計したのは長老の高口恭行氏であり、寺とは思えないほどモダンな感じです。この世にあらわれたすべての仏のことを総称して千躰仏と呼んでおり、ここではその千躰の仏をまつっている。といっても、現在のところ千躰もなく、すべてがそろうまで寄付を受け付けているようです。

hundreds of golden buddha statues inside Isshin-ji sanzenbutsu-do

 

なお、入ってから時計周りに三回回るのが参拝の手順になっています。三回回ることで、過去、現在、そして未来のすべての仏にお参りしたということになるからです。1回回ることで3回回ることで3000体お参りしたことになるので、三千仏堂と呼ばれています。

 

一心寺のアクセス情報

住所
大阪府大阪市天王寺区逢坂2-8-69

 

行き方
JR環状線または大阪メトロ天王寺駅から徒歩15分

 

拝観時間
5AM-6PM

 

拝観料
無料

 

そのほか

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